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京都市「新景観政策」への批判-4 全体的透視の不在

新景観政策、未来に向かって目を閉じる

 京都を空間的に超えるものが、下の図-5です。最終答申(pdf)の景観的基本的前提のひとつである「盆地景」が容易にわかります。最終答申(pdf)は、「盆地景」という語句に安住していますが、この図は、それを超えた「盆地景」の背景を全体的に見て取れるような工夫がなされています。

53KB 吉田初三郎の京都鳥瞰図、昭和25年(1950年)原画サイズ149×57cm、2代目初三郎により昭和38年(1963年)高速道路が加筆され、廃止路線などは削除されています。
図-5 京都市鳥瞰図(出典:吉田初三郎、昭和25・1950年、二代目による加筆修正昭和38・1963年)
(京都・周字屋で原画撮影データ販売)

 江戸後期の儒学者頼山陽の「山紫水明処」(さんしすいめいしょ)が竣工したのは、文政11・1828年、それにちなんで京都は、「山紫水明の都」と言われるようになったようですが、この図は、山紫水明の様子を万人に「わかりやすく」描いています。このような描き方は、初三郎式鳥瞰図とよばれ、人気を博しました。これより新しい時期のもっと雄大な京都市鳥瞰図の原画そのものが、京都駅ビル11階のキューブ商店街のレストラン街の壁に掲げられているので、ご覧になられて雰囲気を生で実感して下さい。
 京都の景観が、山紫水明と語られ始めたのは、180年前からです。この図は、山と川とが、誇張して描かれているのですが、京都の全体の景観的すばらしさを一挙に伝え、人々を惹きつけるには十分です。吉田初三郎は、当時米国で流行ったツーリズムを「観光」と訳したと言われ、大いに人々をいわゆる観光地に遊客させることに貢献しています(*1)。「観光」は、光を観ると読み下すと、景(ひかり)を観ると書けることにより「景観」に通じます。
 この図は、周囲の山々を描いているだけでなく、都市のもう一つの骨格である交通路を強調して描いています。つまりどのようにして、このような魅力的な場所にアクセスできるかを伝えています。つまり人々が行きたいと願うときどのようにすれば行き着けるかという未来性が取り入れられています。お題目ではなく生きた現場感覚が入っています。
 今はグーグルアースという便利なソフトがあり、地球上の好きな場所をパソコン画面に映し出すことができ、京都を映し出したものが下の図-6です。

53KB 吉田初三郎の京都鳥瞰図、昭和25年(1950年)原画サイズ149×57cm、2代目初三郎により昭和38年(1963年)高速道路が加筆され、廃止路線などは削除されています。
図-6 上空4,000メートルからの京都(Google Earth による)

 図-5と比べると、科学的で正確そうだが、なんだかよくわかりません。拡大操作をすると、部分はわかるのですが、全体が見えなくなります。また、この図を見て「京都行こう!」とはならないでしょう。
 最終答申(pdf)の景観記述は、言葉だけがあり、生きた感覚が不在です。また、景観の部分の集積はあるのですが、未来に向かっての全体的透視が伝わってきません。  

(*1) 湯原公浩「大正・昭和の鳥瞰図絵師 吉田初三郎のパノラマ図鑑」雑誌「太陽別冊」、平凡社、2002

この頁のテーマ

このテーマは、新景観政策の根拠となる「時を超え光り輝く京都の景観づくり審議会 最終答申 平成18年11月」(本文A4サイズ36頁、最終答申PDF入手頁 アクセス:2008/4/17)のあまりの粗雑さにビックリし、典型例として「不適格マンション」(「京都マンション管理組合懇談会」WEB頁(「不適格マンション管理組合懇談会」を2008/9/1に改称))を取り上げて展開しています。

この新景観政策に関わる京都市の動きは、 「京都市情報館」WEB頁の検索欄 に、"時を超え光り輝く京都の景観づくり審議会"と入れるとまとまって出てくる。(アクセス:2008/4/17)

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